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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅社会的ポジショニングと家族的ポジショニング、及び5歳児の直感

人生、常にボジショニング。

 

40歳にしてようやく見えてきたことが多々ある。

 

そのうちの一つが「ポジショニング」という概念だ。

 

位置取り。

 

自分はどの場所にどんな姿勢で前に進み続けるのか?

そこに限る。

 

世界史も現代ニュースも全て

「ポジショニング合戦」という視点でみれば

全て納得がいく。

 

各々がポジションがほしくてほしくて

その戦いに明け暮れている。

(最近は「地政学」という本の分野で語られている)

 

自分自身、

「一人でテレビを見ている位置作り」から

「社会における自分の立ち位置」まで

ポジショニングに明け暮れている。

無人の公園

双子を公園に連れて行った。

 

無人の公園には

新雪が広がっていた。

 

双子は新雪を歩く体験を楽しんでいた。

 

 

フラッシュバック

数年前の取材を思い出した。

 

台湾人大学生が、冬の月山に研修に来た。

 

地元の案内人は

雪を知らない台湾の大学生にかんじきを履かせた。

 

案内人は、道無き道を進む。

雪深い新雪を進む。

 

台湾人は黙々と付き従って

慣れない雪の上を歩く。

 

案内人が、吹雪に負けない

大きな声で叫んだ。

 

「先頭の人を交換しながら進みましょう‼️

 

誰も何も答えなかった。

先頭の人が変わることもなかった。

 

案内人は中国語が話せなかったし

学生に日本語を話せる者はいなかった。

 

同じ人が先頭でひたすらバテていた。

 

しかしそのバテさ具合も

伝えることができずにいた。

 

台湾人は日本人と話すとき、奥ゆかしくなる。

(台湾の人に「台湾の人は奥ゆかしいよね」と尋ねると「日本人に対してはね」と口を揃える)

 

十数人の集団(一人の日本人とそれ以外の台湾人)が

わけもわからず吹雪の中、目的地もないまま

雪山をただただ前進していた。

 

これでは撮影に余計に時間がかかってしまう。

 

取材者の僕はただただ早く切り上げて会社に戻りたかった。

 

大声で通訳した。

 

「先頭の人は交換しながら進みましょう‼️新雪の大変さを体験してみてください‼️

 

その瞬間、台湾人学生の表情が一気に明るくなった。

「あーなに、そういうこと⁉︎」という表情だった。

 

まさに「パァッー」という効果音が充てられる瞬間だった。

 

この空気感。

 

こういう空気感を映像で伝えるためにはどうしたらいいんだろう??

というのが

当時の僕の大事な葛藤だった。

(今ならわかる。わかるから企業秘密ということになる)

 

空気感。

 

そもそも取材者が通訳しているのがおかしいし

その空気感をニュース映像で伝えることは難しい。

 

せめて「先頭の大変さ」を伝えようかと思った。

 

新雪を進むのは、新事業開拓の擬似体験そのものだ」ということになる。

 

でも

そんな説教がましいことはニュースには向かない。

 

結局「台湾の大学生が来ましたよ(雪は観光・教育資源になってますよ)」というニュース扱いにしかできなかった。

(「擬似体験」のメッセージには、気付いた人は気づいたかも知れない)

 

家族というポジション

自分のポジション

新雪を進む先頭の大変さを

双子が体験している。

 

誰も進んだことのない道は、エネルギーがいる。

 

かと言って

衰退に入っているテレビ業にすがるのはリスクが高すぎる。

 

どの位置にボジショニングするのか?

ずっと探し続けている。

 

でもまずは家族というポジショニングが確定していないと

何をやっても不確かだ。

 

毒親支配下で、家族というポジショニングが不確かな中で生きてきた。

「利用される立場」という不本意なポジショニングで生きてきた。

 

だから、人間関係も定まらなかった。

利用され続けてきた。

 

でも一方で、毒親支配下で育った人にありがちな

「そんなもんだ」という諦めに浸ることはなかった。

 

常に自分のポジションを探し続けてきた。

 

5歳児の直感

手を繋いで新雪を進む双子。

双子の一人が言っていた。

 

「(双子のもう一人の)考えてることがわからない」

「パパとママは他人なの?でもそれは私たちが生まれる前のことでしょ?」

 

双子は5歳にして「相方のことがわからない」と意識し

「両親は他人同士だったが、親になった以上、親を全うすべし」

ということを

感覚として理解している。

 

5歳にしてこの直感がある。

40歳の自分は頭でいろいろ考えすぎている。

 

もっと直感を大事にしよう。

 

新雪を進む双子を遠くから眺めながら思った。

僕がポジションを取るべき場所を

少しずつ変えていかねばならない。

 

この地域に、直接の先達はいない。

でも学ぶべき知は本屋に溢れている。

 

「楽しみながら新雪を進むが如し」。

 

ただただ直感に従い

ひたすら学んで愚直に実行する。

 

この本道以外、

自分がポジショニングを築く上で

やるべきことはほんの些細なことしかない。