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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅温故知新とビジネスの永遠の絆

中国に留学してわかったことの一つが

日本の本はすごすぎる、ということ。

 

毒親支配下の元で育った僕は

常に、抱えきれない悩みに浸り続けていた。

 

そうした人間にとって

本屋の本棚には

常に救いの扉が置いてあった。

 

本屋をぐるぐる回っていると

どんな悩みにも

必ず解決案を提示してくれる本が見つかった。

 

それは40歳になっても変わらない。

 

そしてきょうも答えを探しに本屋をさまよう。

 

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玉石混合

日本の本は本当にすごい。

 

すごいけど玉石混合。

 

最近ようやく

玉だけを探し出して読み込む能力が身についてきた。

 

いわゆる「乱読」というトンネルの出口が見え始めた。

 

日本では受験勉強で散々「国語」として「現代文」もやらされる。

 

僕も「現代文」に悩まされた一人だった。

それはどうも

「いい本を探す目利き能力」を欠いてきいることも意味しているようだった。

(作者の言いたいことを解答する問題もいいが「そもそもこれは、受験問題として高校三年生に読ませるのにふさわしい文章か?」という疑問が強かった)

 

それでもとにかく読書は続けてきたし

読書の量が増えるほど

「現代文」としての能力はともかくとして

読解力が増していくのが自分でもわかった。

 

読書の仕方は

生き方そのもので

人それぞれだろう。

 

どうも僕の場合

  • じっくり読む内容の濃い本
  • 読み流し程度で雰囲気を楽しむ本

を同時進行するのが性に合っているようだ。

 

濃い本

「じっくり読む内容の濃い本」は

魂が震えるような体験をさせてくれるものを探す。

 

魂が震えるためには

そもそも魂を剥き出しにしている必要がある。

 

魂を剥き出しにして生きるには

2022年の日本社会はあまりにも粗雑だ。

 

魂を剥き出しにして生きるには

あまりに疲弊しすぎる。

 

かといって、魂を剥き出しにせずにいると

魂が濁ってしまうような感覚に陥る。

 

自分の奥の大事な何かが濁ってしまう。

 

そうなると

僕にしかできないもの、僕にしか見えないもの

が自分でもわからなくなり

結局、市場競争力も落ちる。

 

難しい問題だ。

 

生きるとは、常にこうした矛盾に対峙し

バランスを取っていく行為が欠かせない。

 

矛盾は、そもそも中国語か。

日本語は「辻褄が合わない」。

 

魂を剥き出しにして生きるとバテるけど

魂を剥き出しにしないと競争力がない。

 

矛盾。

辻褄が合わない。

 

バランスを取るしかない。

バランスは英語か。

 

天秤にかける。

 

自分が使う言葉が定義のあやふやなものが多いのがまた

自分を確定させられない要素の一つだとつくづく感じる。

 

話が進まないな。

 

正月休みで仕事から離れ

魂を剥き出しにする時間が取れている。

 

剥き出しにした魂で

ユダヤ人の成功哲学「タルムード」金言集

を読んだ。

 

少しずつ舐めるように丁寧に読み進めた。

そうする価値がある

学びの量がとてつもなく多い本だった。

 

最近「本がの価格が上がってきたな」と感じるが

こうした深い学びがたった1,320円で得られるのだから

やっぱり本はものすごい。

 

この本のすごさを一言で言うと

「温故知新(ここでは旧約聖書)を現代日本社会に適応するための見方」がわかりやすく示されている。

 

心に刺さった言葉、つまり金言はたくさんあったが

個人事業主で飯の種を探し続ける僕に特に印象深かったのは

「人が求めるものは、全てビジネスにつながっていく」

であった。

 

温故知新に尽きる

やはり「古典」ほど素晴らしい書物はない。

 

書物にせよ芸術にせよ

古典ほど素晴らしいコンテンツはない、と思う。

(コンテンツを表現できる日本語がほしい)

 

古今東西で語り継がれ生き残ってきたコンテンツ

つまり、どんな場所でもどんな時代の人にも支持され続けたコンテンツ以上に

質が約束された確かものはないだろう。

 

どれだけ科学が発達し情報が溢れても

結局、古典以上に確かで揺らぎのないものは、ないんだろう。

 

そしてその古典は

どの時代の人も

学びきれずに死んでいく人がとても多いんだろうと思う。

 

多くの人は食べていくのに

必要最低限だけを学んで

自分たちだけの小さい世界を守るために必死になる。

 

そして死んでいく。

それが幸福かどうか。

検証はされない。

 

だからこそ古典を学ぶべきだと思う。

 

古典に貫かれている人類や世界の本質を

たくさんの人は知らないままだ。

 

今の日本社会はむしろ

古典軽視の方向に動いている。

 

「敗戦国」のまま

第二次世界大戦の傷痕が傷のまま固まってしまった。

 

そんな日本が必要なのは

古今東西の古典だ。

 

古典を学び体得したものは

その時代や環境に合わせて表現して

たくさんの人に古典の教えを示してあげるのがいい。

 

そしてそれがビジネスになる。

そのためにも

聖書やタルムードはとても貴重な教えがつまっている。

敢えて日本の古典を探すなら落語と能、狂言だろう。

 

温故知新。古きを温めて新しきを知る。

それがビジネスにもつながる。

 

温故知新。

これも中国語か。