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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅書き連らねだけの7千字の日記〜自転車と無意識にケンカを戒める双子〜無意識の意識化は音「ジャングルの音が好きなんです」

5月で車の使用期限が切れる。

 

車検と呼ばれる、

国が決めた理不尽な収金方法の一つを迎える。

 

そもそも車が好きになれないので

この機会に廃車することにした。

 

寒河江、天童、上山ぐらいは自転車で移動する。

 

最近、予行練習で

気付いたら自転車で移動している。

 

散髪と脱毛で

寒河江に行こうとしたらエンジンがかからなかった。

 

長期間乗っていないせいで

バッテリーが切れたようだ。

 

寒さのせいもあろう。

 

これだから車は。

 

せめて自分で直せればいいんだけど

バッテリーとなるとそうもいかない。

 

そもそも車を信用していない。

 

そもそも日本の車は

愛知だとか横浜だとか

雪の降らない場所で設計している車だから

信用できない。

 

車に雪が積もる。

ドアを開ける。

その瞬間、屋根やドアに積もっていた雪がはらりとシートに落ちる。

 

落ちた雪を払うのが面倒なので

そのまま座る。

 

体温で雪が溶け

パンツまで濡れる。

 

それを十数年繰り返してきた。

 

そんなことってあるか??

シートに雪が落ちない工夫を

なぜできないのか?

 

車が開発されて何十年経つか知らないが

対雪に関しては開発から取り残されている。

 

こうした瞬間

「ああ、裏日本の生活実態を知らないor無視されてんだな」と

実感する。

 

そんな車に数百万を出すのは滑稽だ。

 

我々、裏日本の人間は

支配され慣れているので

自分の意見を隠したかがる。

 

だからこそ支配され続ける。

滑稽な話だ。

 

車の利益率もおそらく相当高い。

そんなものにお金を出す気になれない。

 

車を地位や収入の高さの象徴として使う人がいる。

車はそれでいいと思う。

本当に地位や収入があるのであれば。

 

将来僕は

サブスクのヘリコプター(ドローン?)サービスを作り、

自らが利用する予定だ。

 

その前はタクシーばかりを使うことにする。

 

しかし、現実は厳しい。

自転車である。

 

冷たい小雨が降っていた。

 

自転車で寒河江まで行くのは

40分しかかからなかった。

 

ただ、泥除けをつけていないので

全身ずぶ濡れになった。

 

パンツまでグショグショだった。

 

移動でパンツが濡れるのは

濡れないようにする努力が足りないのか?

 

いやそこは僕が努力するところではない。

 

しかし、

これでは散髪屋さんも困るだろう

どうしたもんかと思った。

 

途中にしまむらがあった。

 

このしまむらは、

僕が中学生の時にはあったが入るのは初めてだった。

 

しまむらで買った」というのは当時

「ださい」の象徴だった。

 

「FINEBOYS」や「Boon」を必ずチェックし

流行りの最先端を研究していた中学生の自分にとって

しまむらは危険な場所だった。

 

後輩の新人戦で

中学3年生が私服で応援に行き

女学生からいかに

「あの先輩おしゃれ」と言わせるかが大切だった年頃だ。

 

しまむらにいる瞬間を誰かに見られたとなれば

当時の僕にとっては大きな「汚点」だった。

 

近寄りさえしなかった。

 

僕は距離を置き続けていたが

しまむらトラップにハマってしまった人は

「あの服しまむらで買ったらしいよ」と嘲笑の対象になっていた。

 

恐ろしい話である。

 

しまむらに初めて入ったのは

双子が羊水の中に浮かんでいたころである。

 

「バースディ」に行ったついでに

連接するしまむらに寄ったのだ。

 

企業努力が伝わってきた。

なるほど。

存続・拡大できるわけだ。

 

そんな昔からある寒河江しまむら

初めて足を踏み入れた。

 

入店前、すれ違った人がギョッとして振り返って僕を凝視していた。

 

全身びっしょり濡れていて(用中文说的话完全湿透了的状态)

肩を上下させて激しく呼吸している40男が一人歩いたからだと推察した。

自転車から降りたばかりなので呼吸が必要だ。

 

凝視したくなる気持ちはわかる。

多分僕も逆の立場なら

「なんだこいつ⁉︎」って思うだろうから。

 

床屋の予約まで時間があったので

僕は急ぎ、ズボンとパンツと靴下を買い求め

トイレで交換した。

 

いくぶん気分がすっきりしたが

鏡に映った自分を見てギョッとした。

 

山から降りてきたばかりの

修行僧みたいな顔だと思った。

 

まあでも

実際そういうところを目指しているわけだし

そりゃそうか💡と思った。

 

床屋は

「えっ何できたの??自転車??はっ??家から??」

といろいろ聞いてきた。

 

僕としては

「車のバッテリーが切れたから自転車で来た」

以外に伝えることは何もなかった。

 

床屋からは脱毛前後に

「もっと肌の手入れをちゃんとしてくれ」と言われた。

 

意味がわからないのでいろいろ質問してみると

「お肌に優しく丁寧に」

という返答を繰り返す。

 

よくわからない。

 

同じ日本語を使っていても

「何を言っているか分からない」問題は多々起こる。

 

その互いの情報ギャップを埋めるのがマスコミの仕事。

僕は、記者経験を活かし巧みな質問を繰り返した。

 

その結果、

お肌の手入れとは「きれいに洗い保湿すること」

だということがわかった。

 

その後

ベーシックインカムはなぜ導入されないのか?」

という質問をされたので

導入されない僕の見解を述べた。

 

日本の行政の仕組みの視点から紐解いてみた。

 

床屋はいまいち納得できなていないようだった。

「日本人が全員山本太郎だったら可能だろう」と付け加えたが

それでもやはり納得できないようだった。

 

死に対する見解についても話が及んだ。

 

この私的見解については賛同を得られた。

「最後は双子に『パパお疲れ‼️ Good job👍いろいろとありがとね‼︎(後は任せて)』って感じで送られて目蓋を閉じる」という死に方。

 

無事散髪も、4回目のレーザー脱毛もおわり

「自転車ごと車に乗せて家まで送る」

と言われた。

 

固辞した。

 

支払いを済ませようとしたら

財布にお金が入っていなかった。

 

床屋はやはり

「そんなのはいつでもいいけど、自転車ごと車に乗せて家まで送る」と

繰り返した。

 

正月明けに支払いに来ると告げ自転車に跨った。

 

正直、死に際について語り合った後

一緒に車に乗るのがなんだか躊躇われた。

 

暗闇でひたすら自転車を漕いだ。

 

SDGsに振り回される前に

みんな自転車に乗ればいいのにな。

 

ときおり運転席から

熱い視線を送られることがあった。

 

知り合いかと思って見てみると

そういうわけではないようだった。

 

表情からは

「なんだこいつ??」と

思っているのが窺い知れた。

 

たぶん自転車だからではなく

「自転車優先なんで〜」という

乗り方をしていることへの非難なんだと思う。

 

一応ライトもつけて

道路交通法も気をつけているつもりだけど

慣習までは頭が回らないことは多々ある。

 

暗闇で自転車を漕いでいる間

双子のことを考えていた。

 

最近、夫婦喧嘩が日に日に激しくなっている。

 

最近、双子の笑顔が減ったなぁと思う。

僕をみるときも恐怖心が滲み出ることが増えた。

 

ただ、一緒に暮らしている限り

僕という人間を偽って見せることはできない。

 

僕が死んでいなくなったとしても

生き抜く力を身につけてもらうには

僕という人間の体と心を全てを使う以外に術はない。

 

子どもはいろんな神経が未発達だから

忘れてしまいがちだけど

れっきとした人間である。

 

独立した一個体である。

 

大人の見栄やごまかしをすぐに見抜く。

 

だからもう父親としては

包み隠さず見てもらう以外にない。

 

父親を4年半やってみて

包み隠さず見てもらっても関係が壊れることはないとわかった。

 

これを「絆」と呼ぶのだとわかった。

いいところ悪いところひっくるめてぶつけあってもきれない関係が「絆」。

 

僕の母親は、自分の子どもたちに、いろいろと演じ続けさせた。

良くない育て方だ。

「絆」が育つわけがない。

孤独に死んでいけばいい。

 

人格の多様な面を受け入れ合うのが人間という生物なのだが

今の日本の家族組織ではその能力が欠けている。

 

日本中のたくさんの家族が「絆」を欠いている。

 

だからこそだと思う。

みんなやけに「絆」を声高に叫びたがる。

 

絆なんて家族と、ごく一部の他人とだけ築くもので

多くの他人と築こうとすること自体がベクトルとしておかしい。

 

まずは家族とだけ絆を強めればいい。

お互いを無条件に受け入れ合うでいい。

 

パパも不完全すぎる一個体だということを

双子はわかってくれる。

 

きょう、スケートに行った帰り

「またママとケンカすると思うけど、二人は気にしないでね。

パパもママも二人のこと大好きだから」

というと

双子は一緒に「うん」と頷いた。

 

最近なんとなく

誠意を持って、双子のためというベクトルをしっかり持って接していれば

子どももわかってくると確信するようになった。

 

双子のことを考えながら自転車を漕いでいると

清々しい気持ちになれた。

 

家に着く頃にはやはり

パンツがぐしょ濡れだった。

 

ふと

「双子は家にいるだろうか?」

と思った。

 

夫婦が家にいるとケンカが始まる。

朝ごはんで顔を合わせてケンカになる。

 

だから妻も

僕が家にいる時は

双子を連れてどこかに行くことが多かった。

 

先日は夕方6時になっても帰らなくて

あのときは「ここには帰ってこないんではないか?」と思った。

 

そんな発想が頭をよぎるのは

初めてだった。

 

ふと、もしかしたら

きょうもまだ帰っていないかも知れない。と思った。

 

家は真っ暗であるかも知れない。

 

この想像は、僕をいささかひるませた。

 

それでも自分を気丈に保ちながら自転車を漕いだ。淡々と

 

果たして、家に灯はついていた。

 

僕は心底ほっとした。

 

そんな気持ちの揺らぎを微塵も見せぬよう

努めて平板な声で「ただいまー」と言った。

 

双子が「おかえり」「おかえり」と繰り返しながら

出迎えてくれた。

 

本当にうれしそうな笑顔だった。

ほっとしたときに滲み出る類の笑顔だと思った。

 

ああそうか。

 

もしかしたら双子も

「パパ帰ってこないんじゃないか?」

と心配したのかも知れないな、と思った。

 

実際きょう夫婦ゲンカしたとき

「パパ違うところに住む。でも2人には会いに来る」と伝えていたのを思い出した。

 

僕の双子を生きるのも大変だなと思った。

 

そんなふうに思っていたら

新しい遊びをしていることがわかった。

 

二人がそれぞれ所有している

ユニコーンとペガサスのうちペガサスを

「こいつ男だから」という理由で散々いじめていた。

 

殴ったり投げたりと散々な扱いだ。

 

すさんでいる…

 

あれ??

もしかしてと思って聞いた。

 

「もしかしてパパとママがケンカばっかりしているからそんな遊びするようになったの??」

 

双子は笑顔で頷いた。

 

それでも双子は楽しそうに走り回っていた。

 

僕が帰ってくると同時に別場所に移動したママと

僕のところを走っては往復している。

 

一人が、ペガサスを殴っては「バカ‼︎」と罵っている。

 

「バカ??何その言葉!?誰のマネ??」

と聞いた。

 

彼女は満面の笑みで

僕を指差した。

 

もう一人が走ってきた。

 

僕は双子に言った。

 

「パパ、バカなんて言葉一回も使ったことないし、聞いたこともないよ‼️」と弁解すると

「きょうもママに言ってたよ‼︎」

とうれしそうに突っ込んできた。

 

5歳児がいろんな手段で

「ケンカしないで」を訴えてくる。

 

二の句が継げなかった。

かなわない。

 

子は鎹(かすがい)。

深いところに染みていった。

 

「わかった、パパもうママとケンカしないよう頑張る」

と告げた。

 

双子は二人とも笑顔を保ちながら

遠くを見ながら曖昧に頷いた。

 

相手の言うことを信用できないとき

納得できない時の

狐に摘ままれたような頷きだった。

 

「ケンカしない」と言う言葉が

実感を伴わないようだった。

そりゃそうだ。

言ってる自分だってそうだ。

 

とにかく癇癪玉のような父が

自分の非を認めたことで

双子のフラストレーションは

だいぶ解消されたように見えた。

 

一段落し、ひとり遅い夕飯を食べようとすると

料理が貧弱なことに気が付いた。

 

そういえば妻が

「もう金がない」とちらりと言っていた。

 

お金は月初に渡すと決めているので

あさってまでお金は渡さない。

 

なんなら来月分は

お年玉として渡してもいい。

 

だから冷蔵庫もほぼ何もない。

 

緑の野菜を食べたかったが

冷蔵庫には

じゃがいもと玉ねぎしかない。

 

じゃがいもはすでに食卓に料理が並んでいて

玉ねぎは味噌汁の具になっていた。

 

日本がいくら「豊か」になったかと言っても

質の高い緑の野菜を手に入れるのは難しい。

高価だ。

 

仕方がない。

納豆と卵でお腹をふくらませよう。

 

40男でも消化できるよう

納豆を刻んだ。

 

卵をかき混ぜる。

双子の一人がやりたがったのでやらせた。

 

教えれば上手になるから子どもはすごい。

 

「君、きょうはスケートもできるようになって、卵のかき混ぜ方も上手になったな‼️すごいぞ‼️」と言うと

とてもうれしそうに頷いた。

 

いいぞ。

その調子でたくさんのことを習得してくれ。

 

動作の一つ一つを丁寧に説明した。

 

「火を点けます。(カチ)熱いよ〜。焚き火したでしょ。火だよ、とっても便利だけどとっても危ないよ。火に触ると、火傷と言ってね、おばあちゃんになっても跡残るよ」

 

「包丁でトントンします。包丁はスケートの靴と同じですごく切れるよ。とっても便利だけどとっても危ないよ」

 

鍋に油を引く。

 

「油です。油は体にとても大切だよ。だから油はいいものを使うことが大事だよ」

「油も鍋もすっごく熱くなるから絶対触っちゃダメだよ」

 

「油から湯気が出てきたぞ。卵を入れます(ジャー‼️)」

 

香りが立った。

 

料理独特の音と香りに包まれる、この瞬間が好きだ。

 

僕がそう言うと

娘は興味津々で聞いていた。

「私も大好き‼️」

 

「卵、色と形が変わってきたでしょ〜。このときはこんなお味」

と食べさせた。

 

「おいしい‼️」と叫んだ。

 

塩をふっていないのでおいしくはないと思うんだけど

熱と雰囲気が、味覚に与えるマジックだ。

 

納豆とご飯を炒めて香ばしくして

炒り卵を混ぜて塩をささっと降った。

 

おいしいの声にもう一人が駆け寄ってきたて

「私も食べたい‼︎」が始まった。

 

歯磨きも終わり

ここで食べさせるとママが怒る。

 

最近はそういう小言に心底うんざりしている。

 

いちいち僕も反応し

「ごちゃごちゃうっせー!!もう1回磨けば済むだろうが!!

つーかお前も働け!!この中華人民!!香港返せ!!」と悪態をつくので

また大ゲンカになる。

 

しかし、ここ数日の強硬なケンカ続きで妻も疲れたらしく

何も言ってこなかった。

 

双子は、ママが何も言わないとわかると

さらに僕のチャーハンを食べようとした。

 

「これパパのだから‼️あなた方食べたでしょ⁉︎」と

僕は自分の食料を死守することになった。

 

交渉した結果

「あしたも作るから」ということで折り合った。

 

できたて熱々で湯気が立っている料理をフーフー言いながら

パパから口に運んでもらう、

という行為そのものが楽しいイベントなんだと思う。

 

それならそれでいい。

それがいい。

 

納豆を買ってこねばならない。

 

料理を覚えさせたい。

この点では、夫婦双方合意している。

 

中学になると不毛ではないかと思える部活戦争に巻き込まれる。

高校になると不毛ではないかと思える受験戦争に巻き込まれる。

 

日本の国力が落ちていて

国としてのベクトルを変えるべきだと思うが

教育界は変わらないらしい。

 

つまり、親が教えて習得させるものは

小学生のうちに学ばせないと時間が確保できなくなる。

 

今の日本でただ生きていては

料理は身につかない。

 

料理は学生になってから

学ぶことが多いようだが

それでは遅すぎる。

 

18歳ではすでに

味覚が発達しすぎて

稚拙な自分の料理を好きになれない。

 

18歳となると

量もたくさん摂るので

料理も量を処理せねばならないが

ビギナーでは時間がかかりすぎる。

 

食物の栄養素が脳波に与える影響、

つまり、化学式レベルで、

というかおそらく原子レベルで

食が人格に影響していることを

受験で本格的に勉強する中学3年生のときに自覚してほしいのだ。

 

「ジャンクは食べないほうがいい」と理屈で教えるよりも

自分の感覚で理解してほしいのだ。

 

それがわかれば自然と農業をリスペクトし

土づくりの大切を悟り、太陽波の不思議な力に考えを及ぼすはずである。

 

世の中の根っこを掴むことにつながる。

 

だから、料理だ。

料理を覚えてもらいたい。

 

BSに、ひたすら料理している番組がある。

www.bs11.jp

 

双子が「食べたい」を連発していた。

 

「パパ、イタリア行きたい。住みたい」

と言うと

双子が

「へー」

と答えた。

 

続けて

「でも言葉はスペイン語勉強したいんだ。まあイタリア語もロマンス語同士、似てるらしいからね」

と言うと

双子は「またなんかわけわからんこと始まった」と言う感じで

寝室へと走って行った。

 

この「ディスカバリー」が面白い。

BS11は、面白いアメリカの番組を購入し放送しているのがおもしろい。

 

局全体で

まじめ版の「世界丸見え」をやっている感じだろう。

 

これも好き。

ディスカバリーナショジオ

撮影と編集がしっかりさているし

何より番組の軸がしっかりしているのがいい。

 

NHKみたいな忖度感も説教感も感じない。

www.bs11.jp

 

きょうの無意識の意識化を手伝ってくれたのは

ディズニーチャンネルだった。

 

「ジャングルの音が好きなんです」

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https://www.disneyplus.com/ja-jp/series/lost-treasures-of-the-maya/28zbOEnF6bQy

発掘!マヤの失われた秘宝を視聴 | Disney+

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ディズニー+

 

山登りの時のあの清々しさ、神々しさ。

そうか、音も一因だったんだ。

 

料理も音を楽しんでるだなと気が付いた。

自転車も、マウンテンバイクのあのタイヤの摩擦音が好きなのか。

 

一方で、車のエンジン音が好きになれない。

グワーン‼️

 

音。

音か。

 

気付きをありがとう。

 

大朝日岳のあの瞬間。

神々しい風がブラの葉を優しく撫でていて

8分前に太陽から放たれた出来立ての新鮮な光が虹色のフレアを作っていた。

 

これを数値化するとどうなるのか?

 

色や形は数値化できる。

音と光を数値化すると…どうなる??

 

きょうも、我思うゆえに俺あり。

 

さて美味しんぼでも読みながら風呂に入るかな。

 

参考

マヤの巨大古代都市を発掘したレイダーは考古学を変革するか | TechCrunch Japan