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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅子どもの潜在力は計り知れないのでとにかく教えてみるしかない

ボールを打つ際の打点の適切なポイントについて

ふざけ半分で説明したら理解された。

 

大人が説明してもわからなそうなことでも

子どもの方が理解できる。

 

そういうもんなんだろう。

 

だから子どもが何をどう理解するのか

大人になってはわからない。

 

とにかく説明するだけ説明してみる

ということにしている。

 

わからなそうなときは

「難し過ぎたね」

「もうちょっと大きくなったらだね」

というと

双子も

「わからなかった」という

フラストレーションはたまらない。

 

先日、バレーボールの中継をしていたので

一応説明してみた。

 

「この枠のなかにボールを入れる」

「3回で返す」

 

特に興味はなさそうだったけど

映像に合わせ

「1、2、3ー。1、2、3ー。上手だね〜」

とだけ呟くように話していた。

 

きょうは

かくれんぼだった。

 

子どもはなぜ

こんなにかくれんぼが好きなのか?

 

「見つからないように走って逃げる」瞬間や

「鬼が探している間ひっそりと息をひそめる」瞬間

がたまらなく楽しいらしい。

 

子どもの時間ほぼほぼ全て

人間として生きていくための学習の時間だと思う。

 

かくれんぼは一体何を学習する時間なのか?

それが謎でならない。

 

恐竜の時代に哺乳類の祖先として

ひっそりと隠れていた頃の名残りだろうか?

(それなら哺乳類全てがかくれんぼ好きのはずになるから、この説は違うか)

 

そんなことを考えながら探しに行くと

双子がソファーのカバーの下に潜り込んでいるのがわかった。

 

我が家のお決まりパターンだ。

 

「二人どこいった〜?」といいながら

双子に大袈裟につまづく。

「うわーつまづいた!!」と叫びながら

大袈裟にソファーにダイブする。

 

すると双子がクスクス笑いだす。

「あれ??笑い声が聞こえるぞ??」

といいながらまさぐっているうちに

ゲラゲラ言い出した二人を見つける、

という段取りだ。

 

きょうは風船を使った。

 

ソファーのカバーの中で息をひそめている双子目掛け、

風船をバレーボールのサーブのように

思いきり叩きつけた。

 

その感覚で風船とわかったらしい。

これで一人が爆笑した。

 

何がそんなにおかしいのかわからないが

一人が笑い転げながら出てきた。

 

その人が僕を見ているのを意識しながら

「ウラァー‼️」と叫びながら

ジャンピングサーブでもう一人に風船を叩きつけた。

 

見ている方は膝から崩れて突っ伏して笑っていた。

声が出ないくらいに笑っていた。

 

僕の記憶では

この人は2歳の頃からこういう笑い崩れ方をする。

 

そうこうしているうちに

バレーボールの試合が始まった。

 

一人は肘の使い方が上手だった。

つまり、肘、手首、指の順番で前に運動し

しなるように動いた。

 

そのためボールに大きな力が伝わり

早いスピードになった。

 

一方は、肘の使い方はそうでもないが

ジャンプしながらボールを叩くことができた。

 

とてもいい。

 

二人ともそれぞれ上手な点があるから

父としてはとてもほめやすく、かつ、改善点を伝えやすい。

 

ついでにボールの打点について教えた。

 

体を軸に考えた時

ボールが前にあったときに打つと

ボールは下に飛ぶ。

 

ボールが後ろ、つまり体の近くにあるとき打つと

ボールは上に飛ぶ。

 

実践して見せた。

 

こんなことわかるわけないか、と思っていたが

この説明で二人のボールの軌道がいきなりよくなった。

 

打点が良くなっているのだ。

 

5歳児すごい。

 

大人をこえている。

 

子どもの可能性は自分が思っている以上にすごいことは

テレビのドキュメンタリーで知った。

 

日本人スタッフが狩に行く7歳ぐらいの子供に

「何もできないやつ」呼ばわりされるシーンが採用されている。

 

僕はここで子どもと人間の本質を知った気持ちになったのだった。

実際、日本人のおっさんは、アマゾンでは子どもから見ても「何もできないやつ」以外の何者でもない。

 

アマゾンでは狩りそのものが子どもの学習であり、遊びである。

人間は自分が知っている世界について無知な人間を、本能的に下に見る。

 

子どもは親を超える。

時代も人類が経験したことのない社会に変わっている。

 

僕ができるのは、

僕が学んだ全てのことを、

現代日本社会でもアマゾン社会でも通じるような社会観を、

世界の底流にひそむ真実的なことを、

双子にわかる言葉や表現で伝え

双子の糧にしてもらうことだけだ。