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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅離婚問題についていい案が浮かんだがそれは数学的な訓練によるものだったかも知れない

離婚するにあたって

一番の問題は、子どもの成長を妨げないか?

という点だ。

 

しかしそれは「一緒に暮らす」と同義ではない。

 

日中や夜を一緒に過ごし

別の家に住んでも構わない。

 

日々夫婦ケンカしているよりも

ケンカせずに別居している方が自分のためにも子どものためにもずっといい。

 

別居しても毎日のように双子に会って遊んでいればいいだけの話である。

そしてそれをできる立場なのである。

 

問題は離婚したあとの財産の問題である。

 

土地は妻名義。

上物は俺名義。

 

妻は「お前が出ていけ。私はこの家に残る」と言い張る。

「この家ごとどこか行け」

 

ケンカの合間に散歩していたら

とてもいいアイデアが浮かんだ。

 

ああそうか。

僕の名義の家が邪魔なのか。

 

それなら家を壊してしまえばいい。

そうだ。家を解体してしまえばいいのだ。

 

更地にしてしまえば

僕はこの場所と縁が切れる。

 

そう結論が出てしまえば話は早い。

 

僕は数学の応用問題を思い出した。

 

数学の応用問題は

いくつかの要素が重なりあって正解を導き出す。

(中学数学であれば、図形の角度を二次方程式を使ってはじき出す、など)

 

人生の問題も数学の問題も

ダンジョンを進むのと一緒だ。

鍵がかかった扉がある。

扉ごとに合う鍵(当てはまる定義)を探し出して

次へと進む。

 

一つが終われば次。

そして、また次。

 

小さな結論が組み合わされて

最終的な回答になる。

 

数学の応用問題は一つの問題に

こうした扉が2~3個あって

私たちを試していたのである。

a=b, b=c, よってa=c

よって「2辺とその間の角が等しい」

よってd=45 e=180-45…

数学で訓練した考え方は

無意識のうちに人生に活かされている。

(仕事が有能かどうかは数学的思考の皆無に関わる)

 

僕の「人生問題」という最大の応用問題には

「家族形成問題」が用意されていて

その中に「財産問題」がひそんでいる。

 

今回使う「定理」はやはりいつものように

「じゃあ自分自身は本当のところどうしたいのかを突き詰める」を用いた。

 

「自由に生きる」という根本がある。

その上で「財産問題」は邪魔でしかない。

 

邪魔。

邪魔だ。

 

邪魔ならばバッサリ切り捨てるのが一番。

邪魔なら捨てる、壊してしまえばいいだけである。
(この場合の「自由」はあくまで漸近線に「自由」ということになる)

 

ああ、なんて単純なんだ。

a=b, b=c, よって a=c 並みにわかりやすい。

 

いいアイデアをもって家に帰った。

久しぶりに「家に帰るのが楽しみ」という感覚を持った。

 

僕は妻に告げた。

 

「家を壊します」

 

妻は絶句した。

双子もびっくりして僕を凝視していた。

 

妻がつぶやいた。

「あなたにそんなことはできない…」

 

「いや、自分でやるわけねーよ、解体業者に発注だよ」

「???…你説什麽!! 不是這意思‼」

 

「あなたにそんなことはできない…」ということは以前にも他人に言われたことがある。

大きなお世話である。

 

「できるかどうかは俺の問題。君の『そんなことをしないでくれ』という意思を『あたなにはできない』という表現に変換する必要はない。余計なお世話」

 

妻は更に何か言った。

僕は聞くつもりはなかった。

 

「業者が壊すときに双子を避難させるだけ。議論する意思はない」

 

子どもはとにかく親が機嫌よくて近くにいればちゃんと育つ、というのが今のところ僕がいきついた結論である。

 

家など新しかろうが古い賃家であろうが

たいした問題ではないのだ。

 

一番の問題は

「子どもによくない」などと

何かにつけて子どもを持ち出し

自身の問題を子どもの問題にすり替えてしまう親側にある。

 

問題をすり替えて先送りにすればするほど

結局子どもが問題を抱えることになるだけなのだ。

 

そう考えれば

親の不仲の原因の家など、壊してしまっていいのである。

 

妻が泣き出した。

 

「それではあなたが孤独すぎる…」

 

???

???

 

事実に向き合っていない人間は

よく問題をすり替える。

 

数学の証明問題のように順を追って説明をしてくれないと意味が分からない。

議論にならない。

 

というか、突然孤独について語り出すなんて

妻は宗教の勧誘係の仕事でも始めたのだろうか?

 

ちょっとツッコミたい気分だったけど

だいぶシリアスなシーンだったのでその発言は控えた。

 

双子の一人は、僕のその一瞬の感情の変化を感じ取ったらしく

僕をさらに凝視していた。

 

5歳児、恐るべし。

 

しかし、そもそも僕が孤独かどうかなど、余計なお世話だ。

 

人間みな孤独なのだ。

それは現代人に課された使命なのだ。

それは数学の定理なみに揺るがしようのない事実なのだ。

 

数学の定理なみだ。

 

定理の中で一番好きなのが、円の定理だ。

「ある点から一定の距離にある点の集合」。

なんて美しく揺るぎのない表現だろうか。

 

定理は美しい。

 

現代人は孤独である。

美しくないがこれもまた定理なみに揺るぎのない表現なのである。

 

(きょうはなんか自分らしい文章が書けた。それはたぶんこの本を読んだから。自分の何かがよみがえった気がする)

「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)