meta name="viewport" content="width=device-width,initial-scale=1.0"

双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅やっぱり自分は映像に向いていないのか

ネットで職業を選択しようとすると

「映像クリエイター」とか「動画クリエイター」とかしかなくて

そういうのを選ぶことがある。

 

正直、気恥ずかしい。

 

自分としては「動画屋」くらいな感じだ。

 

きょうもそのことを再確認した。

 

企業紹介動画の仕事が増えている。

 

これからはHPの文字を

全て動画に変える時代になるという。

 

動画は雰囲気が伝わる。

 

空気が伝わる。

 

でも。

 

でも。

 

僕は文字で十分だと思う。

 

むしろ文字がいい。

 

行間やデザイン全体で

会社の雰囲気や社長の人柄は

十分伝わってくる。

 

むしろ動画では情報が多すぎる。

 

不必要な情報が多すぎる。

 

動画は相手を必要以上に小さくさせる。

 

リラックスして

ありのままを出してもらうのが一番だ。

 

いかにありのままを引き出すのが

ディレクターやカメラマンの仕事だろう。

 

人の素を引き出さないで

「きれいなカット」の話だけをされても不公平だ。

 

そうだ。

僕はむしろ、

動画に反感を持っているのだ。

 

企業動画を作る。

 

発注者のプロダクションのプロデューサーと打ち合わせる。

 

プロデューサーは

大手企業の動画を検索する。

 

「例えばこんなカット…」と

感覚を共有するために打ち合わせる。

 

プロデューサーは自然にYouTubeを検索する。

 

当たり前の動作として。

 

でも僕にはそれが新鮮だった。

 

僕は

これから撮るために他の人の映像を見る、ということをしたことがない。

 

経験で「こういうカットがあればよかった」という反省の積み重ねで

今を生きている。

 

無意識でこれまで見たものを参考にしているだろうけど

意識して覚えたカット以外

ほとんど撮らない。

 

それは逆にいえば

必要なカット以外撮らない、ということになる。

 

だから他の人より撮影が早く終わる。

 

でも。

 

でも。

 

この性質はカメラマンとして正しくない。

 

「より美しいカット」を求めて

撮影を重ねるべきだなんだろう。

 

やっぱり自分は映像に向いていないんだろうか。

 

向いてないんだろうなぁ。

 

社会人になって15年。

 

たかが15年。

されど15年。

 

社会人人生の多くを映像業に捧げてきたが

結局はその結論に行き着く。

 

映像には向いてないのでは?

 

写真ACでダウンロードされるのは中古物件ばかり。

f:id:kokotoriri:20210728210718p:plain

f:id:kokotoriri:20210728210723p:plain

 

自分は映像に向いていないのか?

 

その大前提をくつがえすのかどうか。

(覆したから会社を辞めたのだが)

 

 

そんな悠長なことを考えていても

あすはあさってはやってくる。

 

撮影、編集が過密スケジュールで入っている。

 

僕にとっての禅問答。

 

よし。

あしたは

「映像に向いていない人間」という

前提に立って撮影してみよう。

 

お客さんには内緒で。