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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった40歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅今の仕事は待つということ

朝起きてカーテンを開けると

雨だった。

 

草むしりも粗大ゴミ破壊作業という選択肢もなくなった。

 

やるべき些末な作業は山ほどあるけど

何もやる気がしなかった。

 

どこにいく気もしなかった。

 

生体エネルギーが欠けている。

 

誰かに遊びを企画してもらいたい。

そのままどこかに連れて行ってもらいたい。

 

いつも企画する側だったから

僕の周りにそんな人はいない。

 

ゆっくり休む以外に

気力体力を回復する方法を知らない。

 

朝食を済ませた頃に娘が起きてきた。

 

僕はソフォーで寝た。

 

双子

珍しくママが「出かける」というと

双子の一人が行きたがらなかった。

 

その子はおとなしい方で

比較的聞き分けがあるんだけど

最近やけにぐずる。

 

聞き分けがいいだけに

いろいろ我慢してるようで

限界点に来ているようだ。

 

おそらくママでもパパでも

もはやどっちでもいいから

独り占めする時間が欲しいんだと思った。

 

僕は一人になりたかった。

のろのろとでいいから

月末締めの請求書を印刷したかった。

 

しかし双子の一人がぐずったので

仕方なくその一人を引き受けた。

 

雨降る家に二人残されると

なんだか気づまりになった。

 

仕方ない。

ひいばあちゃんの家に行くか。

 

ひいばあちゃん

ひいばあちゃんの家に行く間

娘はご機嫌だった。

 

よく喋った。

 

この子はこんなに喋るっけか?と思った。

 

喋る内容も素直で明るかった。

 

ダイソーによって人形を買ってあげた。

 

おーばんに寄って昼食を買って

ひいばあちゃんの家に向かった。

 

ひいばあちゃんの家でも

娘はいつもよりずっと大人しかった。

 

ダイソーで買った人形で楽しそうに遊んでいた。

 

ばあちゃんは目を細めて娘を見つめていた。

 

「愛でる」という表現がぴったりだった。

 

僕とおおおばとひいばあちゃん3人から見守られるのは

いい気分のようだった。

 

おばも

「別人みたいにおとなしいな」

と言った。

 

娘はたびたび僕のところに来て抱っこされた。

 

僕もサルの親子のように抱っこしてやると

それを見て祖母が笑った。

 

娘は思う存分甘えたのか

帰りの車もずっとご機嫌だった。

片付け

家に帰って昼寝をした後も

仕事をする気にはなれなかった。

 

そもそも仕事をする前に

書斎を片付けねばならなかった。

 

確定申告の書類やら何やら

机の上も床の上もごちゃごちゃだった。

 

既に数時間片付けをしたはずなのに

それでも整頓できないでいた。

 

僕は整頓という行為が本当に苦手だ。

一種の障害なのだと思う。

 

整頓するためには

分類や取捨選択をしなくてはならない。

 

その分類も苦手だし

取捨選択も苦手らしい。

 

掃除するたびにいろんな物を捨てるんだけど

大抵あとで必要になったりする。

 

分類も取捨選択も下手なのだ。

 

仕事を何にするのか?

という取捨選択が確定しないまま

独立して2年になる。

 

どんな仕事をするにせよ

魂をこめないとやっていけない。

 

逆に言えば

魂さえこめればどんな仕事だってやっていける。

 

撮影業?

旅行業?

コンサル業?

 

僕のエネルギーと時間を

どの領域に注ぎ込むのか?

 

掃除をしながら

YouTubeミュージックを流していると

椎名林檎の幸福論が流れてきた。

 

当時は気づけなかったアーティストのこだわりを

深く理解できた。

 

突然

当時よく聴いていた

「ラブサイケデリコ」を思い出した。

 

20歳の頃の光景がフラッシュバックした。

 

そのときちょうど

地図の本が出てきた。

 

めくるとドイツのページになった。

 

僕はこうした1ページ1ページを

自分の目で確認して回りたかった。

 

それができないまま40歳を迎える。

 

20代にしかないエネルギーや感受性は

もはや失ってしまった。

 

自分の目で見て感動するという段階は

既に終わってしまった。

 

今できるのは

自分の感動や苦悩から得た結論を

誰かの役に立てたいということ。

 

でもやっぱりその合間に旅がしたい。

 

そんなことで頭がいっぱいになって

やっぱり結論は出なかった。

 

自分の中でもっと納得がいく結論が出るまで

とにかく待とう。

 

今は待つのが仕事だ。

 

息抜きに雑草抜きをしたかった。

まだ外は雨だった。

 

雨の日はいい結論に行きつかない。

 

とりあえず今を生き抜くしかない。

楽天的に生きるには意識的に楽天的波動を引っ張ってくる必要がある。

 

頭が煮詰まって

スピーカーの音を大きくすると

双子が駆け揚げってくるのが聞こえた。

 

しまった。

仕事していないのがバレた。

 

双子はせっかく片付けた本を引っ張り出す。

 

ああそうか。

だから片付けても片付けても

散らかるのだ。

 

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明日

明日はカメラマンの仕事だ。

 

テレビ局ではなくお店のカメラマン。

 

「撮影だけお願いしたい」という。

 

経費削減のためだろう。

もっと安い素人に編集をさせるのだ。

 

1万程度のために編集上がりの質を落とすというやり方は

好きじゃない。

 

というかどんな編集にしたいのかわからないと

撮影のしようがない。

 

なんとなく撮るしかない。

 

まあそんなこと言わず

編集しなくていんだから

楽しんでこよう。