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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった39歳。育休取得してパパ業の大切さと”ワンオペ育児”のヤバさに気づく。「このままじゃいかん」と思うものの記者業しながらの副業はこなしきれず、扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。まずはセルフリノベで2軒の大家になり収入を少し確保。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。YouTubeもぜひご覧くださいませ。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

✅備忘録・休みという仕事〜我が祖父像を追い求める〜

きょうは日曜なので仕事はおやすみ。

 

日曜はテレビ番組が充実しているし

仕事場にしているカフェが混み合うので

僕も休む。

 

双子を

祖母の家に連れて行った。

 

もちろんママ抜きで。

 

双子は放っておいても

キャーキャー遊んでいる。

 

大正生まれの祖母は

94ぐらいで

ちょっとボケも入っている。

 

それでも

双子を存分に可愛がってくれる。

 

「ちっともちょどしてねね〜」

「丈夫なだな〜」

と目を細めて

双子を眺めている。

 

わんぱくが過ぎる時

僕や叔母が注意すると

 

「ほだなでごしゃぐな」

こっちが叱られる。

 

僕はずっとお茶を飲みながら

ダラダラと世間話をする。

 

たいていが

父や他の兄弟の過去の話だ。

 

一番面白いのが

10年前に亡くなった祖父の話だ。

 

自由奔放に生きた祖父は

結婚前から風俗通いで有名で

結婚後はあちこちに彼女がいたらしい。

 

祖母がまだしっかりしていたとき

一度だけ聞いたことがある。

 

大切な話は一度しかしない。

 

「じいちゃんはカフェ通いで有名だった」

「当時カフェなんて、一部の人しか通わなかった」

と言っていた。

 

その「カフェ」が風俗であることを知ったのは

10年以上経ってからのことで

祖母は既にボケ始めていた。

 

他にも

選挙違反で逮捕されかかった話も聞いた。

 

警察署で祖父と入れ違いとなった際

祖父はすれ違い様に

「何も喋るな‼️」とだけ言ったそうだ。

 

この話を知っているのは

僕だけだ。

 

祖母は

「こだな恥ずがしくて誰にもしゃべらんね」

と淡々と話した。

「ほんてやんだっけず」

 

祖母だけが知っていた話と

叔母の話を統合する。

 

二度盛大な結婚式を挙げ

二度離婚した叔母は

(離婚式は挙げなかった)

祖父(彼女の父)の話を楽しそうに話すので

僕は喜んで聞く。

 

僕が中学生の時には

ボケ始めた祖父。

 

小さい頃から

「謎の存在」だった。

 

ただ、

その自由さに憧れを抱いていた。

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祖父

 

僕には表の顔しか見せなかった祖父。

縦横無尽に生き尽くした。

 

僕は祖父という人間像を

更新し続けている。

 

半日双子と離れた妻は

双子に優しくなっていた。