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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった39歳。育休取得してパパ業の大切さと”ワンオペ育児”のヤバさに気づく。「このままじゃいかん」と思うものの記者業しながらの副業はこなしきれず、扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。まずはセルフリノベで2軒の大家になり収入を少し確保。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。YouTubeもぜひご覧くださいませ。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

突然ですが自己紹介させて下さい☺️

YouTubeを読んでいます。

 

こうした、副業に関連する本に共通して言えることなんですが

「本気で向き合え!!実行しろ!!成功も失敗も分析しろ!!改善しろ!!」

ということなんですよね。

 

会社を辞めて1年半。

独立してもうすぐ1年。

 

とりあえず、

YouTube」には本気で向き合うことは決定した。

 

金正恩にもハンコをもらった。

ぐらいのつもりでいる。

もう覆らない。

 

本の内容は別途違う記事で紹介するので

とりあえず、今やれることをやることにしました。

 

 

とりあえずやれること

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YouTube画面

この赤丸で囲んだ部分は、

実は、5000字まで書き込める。

 

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設定画面

 

YouTubeアルゴリズムは、さすがに動画の中身はわからないので

このタイトルと赤丸部分もたいそう参考にしているという。

(言われてみれば当たり前である)

 

なので、僕はとりえあず、

「自分が何者なのか」を

記すことにしました。

 

それが以下です。

自己紹介

 

見ていただきありがとうございます。

 

もしよかったらコメントで叱咤激励してください。

 

【赤字脱出から成功まで~赤裸々脱サラブログ~】https://www.kokotoriri.com

 

 

会社を辞めた理由です。

 

今権力を握っている、政治家も経営陣も

バブルを経験してきた人たちです。

 

時代の変化についてこれていません。

 

そんな危機感から、

「必ず時代の変化が来る。チャンスだ」と思い

思い切って脱サラしました。

 

2018年10月末で退職しました。

 

 

 

次に、自己紹介をさせてください。

 

山形県で生まれ育ちました。

 

国立大学に在学中、中国・天津に留学。

中国語を勉強しました。

 

英語圏に留学したかったのですが

お金がなかったので、学費の安い天津にしました。

 

学費は半年で9万円でした。

 

中国ではこっそり「中国人学生寮」に住み

中国語シャワーの中で生活しました。

 

過酷な環境に、半年で抜け出しましたが

言葉を学ぶにはもちろん

中国人を知る大きな機会となりました。

 

おかげで、当時のHSK7級(中国語検定準1級相当)を取得しました。

 

「中国語ペラペラです」を武器に就活。

戻るのが遅すぎて、日本の時事問題が全くわからず、新聞社は全滅。

 

2006年、山形の民放テレビ局に就職しました。

営業、報道、キー局出向(ディレクター)、制作、報道と

いろんな部署で経験させてもらいまいました。

 

12年ほどテレビ局にお世話になり、うち8年間が報道でした。

 

台湾テレビ局との共同制作がいちばんの思い出です。

 

記者とカメラ、編集をやっていました。

普通はそれぞれを別の人がやるんですが、

山形は貧乏なので、全部一人でやります。

 

おかげさまで、打ち合わせから番組搬入まで

一人でできます。

 

ただ、仕事をすればするほど

大きな疑問から逃れられなくなりました。

 

僕たちが報道しているのは

どれだけの価値があるのか?

 

どんなに頑張って良い特集を作っても、

流れてしまえばそれでおしまい。

 

「あっ見るの忘れた」と言われればそれまで。

 

視聴率がとれたところで

きょうもあしたも放送が待っている。

 

やりがいよりも、虚しさが大きくなっていきました。

 

スマホの普及、4Gの開発で、

どんどんネット映像の世界が広がり

ローカルテレビの存在意義は、

どんどん小さくなっています。

 

東京のキー局で働かせてもらったこともあり

ローカル局の前途が厳しいのは

よくわかりました。

 

もはや「ビジネスモデル」として成り立っていないのではないか?

と思わざるを得ませんでした。

 

休みもままならず、大好きな旅行にも行けません。

 

どうしたものか?と考えていたときに

双子が生まれましした。

 

不妊生活7年の末の自然妊娠でした。

 

これで僕の生活は一変します。

 

待望の子供が生まれたものの、

記者をしながらの育児は超大変。

 

特集を抱えてしまうと

同じ家で暮らしているのに

3日間会えない、あんてこともザラでした。

 

僕の疑念はいよいよ大きくなりました。

 

こんなに忙しく働いているけど、業界そのものの将来が暗い。

暗い将来が待っているのに、仕事で思うように育児できない。

 

異動願いを出そうか?と思いました。

 

でも、働きたい部署なんてありませんでした。

何せ、将来が暗い会社なので、どの部署も雰囲気が好きになれませんでした。

 

バブル経験者の上司と

崩壊後の日本の中で育った僕たち。

 

一丸となって困難に立ち向かう、なんてことは

想像できませんでした。

 

そうなると結論は一つ。

 

「会社辞めよう」。

 

 

ただ、僕は山形市に持ち家を買ってしまっていました。

ローンはたっぷり残っているので、山形を出るわけにはいきません。

 

 

テレビ局の記者が転職するといっても

どの業界に転職したらいいかよくわからない…

年収が激減するのは目に見えていました。

 

それならもう「独立するしかない」と思うようになりました。

 

 

とりあえず貯金と退職金を使って

不動産投資をして収入を確保する。

参考:https://www.kokotoriri.com/entry/2019/09/28/205931

 

その後のことは、その後考えよう。

実際問題、記者をしながら双子を育てている中

起業の準備をするのは、大変すぎました。

 

そう結論付け

とりあえず会社を辞めてみました。

 

「きっとなんとかなる!!なんとかする!!」

 

ただ、僕の市場価値は「テレビ業」以外に見つけるのは難しい。

逆に言えば「テレビ業」を活かせばいいのだ。

 

「テレビ業」✖️「中国語」

これを活かすため、今必死に勉強中です。

 

資格も特になく(中国語の資格は2年で消滅する)

扶養とローンを抱え

脱サラ、独立、起業した人間が

いったいどうなるのか?

 

しかもど田舎で。

 

これからどうなるのか?

リアルタイムでお伝えします。

まだ5000字にはほど遠い

これでやっと1500字。

何を書くべきか、もっと考えよう。