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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった39歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

ここで整理させてください③~「人は常に防衛している」ことがわかれば人間関係のストレスは減る~

僕は「社交辞令」と「本音を伝える回りくどい言い方」の区別がつかない。

 

「社交辞令」と思って聞き流していたら

「なぜスルーしたの?」と後から責められたり

 

「本音を伝える回りくどい言い方」に気付かず

「あの人は冷たい」と裏で言われたこともあった。

 

前の職場の同僚から

年賀状辞退のハガキが届いた。

 

そこに一言

「飲みに行こう」という文言があった。

 

 

何歳になっても、

世間話ができない僕は、

よくわからない遠回しの言い方をされると

戸惑ってしまう。

 

これはどういう意味だ?

「社交辞令」か?

「本音を伝える回りくどい言い方」か?

と。

 

はがきにあった

「飲みに行こう」という文言は

本当に行きたいのか?

社交辞令なのか?

 

わからない。

 

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ただ「社交辞令かどうか僕はわかっていないのだ」ということがわかってからは

いろんな人の「社交辞令」と「本音の伝え方」を注意深く観察してきた。

 

すると

「社交辞令」なのか

「本音を伝える回りくどい言い方」なのかは

その人その人で違う、ということもわかってきた。

 

確信的に「社交辞令」を使ってくる人もいれば

社交辞令なしに、本当に誘ってくる人もいる。

 

確信的に「遠回し」で伝えてくる人もいれば

もじもじしながら「遠回し」でしか言えない人もいる。

 

引き続き観察していると

本音がどうなのか確信が持てないときは

「当たり障りのない返事をする」のが

お互いにとって害のない方法だということがわかってきた。

 

そして僕は

「ストレートにものを言いすぎる人間」だということもわかってきた。

 

これは自営業者には致命傷になりうる。

 

そこで僕は

元同僚に対し

どっちとも取れない返事を返すことにした。

 

年賀状は出せないのでラインで。

 

「はがきありがとう。

 相変わらず大変そうだね」

 

すると彼から返信があった。

 

日程調整のラインだった。

 

「本当に飲むつもりなんだ」と思った。

 

 

僕は会社を辞めてから

ほとんど酒を飲む機会がないし、

彼とは仲がいいので

うれしかった。

 

そしてきょう(というか昨日)

サシで飲んできた。

 

話が止まることはなかった。

 

彼は会社について

「相変わらず問題だらけだ」

と残念そうに語った。

 

会社に対し愛想をつかして辞めた僕としては

「もちろんそうだろう」と

思った。

 

しかし、話を聞いていると

予想以上にひどい状況だった。

 

僕は心底、元同僚に同情した。

 

大変すぎる。

 

いろんな人が、

それぞれストレスを持ち込んでは

お互いを嫌な気持ちにさせているようだった。

 

そして元同僚は、立場上もろにその被害を受けていた。

 

Aさんがこう。

 

Bさんはこう。

 

彼はとうとうと話し続けた。

 

僕は

「そうか」

「そんなにひどくなったか」

と、相槌を打ちながら聞いていた。

 

心の中で

「辞めて本当に良かった」と思いながら(僕がその立場になっていたはず)。

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そして「みんな防衛してるんだな」と思った

 

会社を辞めてから

「やさしい人」とか言いたいことが言えない人を読んでわかったことだった。

 

人は「常に防衛している」ということをご存知だろうか。

 

 

もしあなたがAさんを嫌いだとしたら

Aさんはものすごく必死に「防衛している」人間だ。

 

「防衛する」ために

必死に言い訳をしたり

ブランド品を買い漁ったり

頭がいいことを自慢したり

愚痴をこぼしたり

あなたに冷たい態度をとったり

仕事をさぼったりする。

 

仕事上での人間関係の衝突は、

たいてい仕事の処理能力と関係する。

 

処理能力を超えた仕事がきたときに

「さぼる」「にげる」「ごまかす」という「防衛」に走る。

 

 

一方で、仕事が絡まない人間関係のストレスは、

たいてい各々の「コンプレックス」と関係する。

 

そしてその「コンプレックス」は

周囲の人には理解しずらいことが多い。

 

「コンプレックス」を抱えた人は

周囲に理解されなくても

とにかく「防衛」しなくてはならない。

 

しかしそれは

「コンプレックス」を抱えた本人も気付かない

無意識下で行われる。

 

脳は本人にも内緒で

「防衛」している。

 

そうしなければ、

「今の自分を守れない」のだ。

 

本人も「防衛」していることに気付いていないのだ。

 

周囲の人が気付けるはずもない。

 

あなたがAさんが嫌いだとしたら

Aさんがなぜそんなに「防衛する」のか

理解できないからではないだろうか。

 

でも、

Aさんが必死に「防衛している」ことがわかれば

Aさんのことが少し許せるのではないだろうか。

 

少なくとも僕はそうだった。

 

会社で上司と衝突するのも

「防衛」のためだったし

 

会社を辞めたのも

「防衛する」ためだった。

 

結論として

「この会社では自分を保てない」

ということだった。

 

 

元同僚の話も、

結果としてそこに行きつく、と感じた。

 

AさんもBさんも

自分を守るために必死なのだ。

 

そしてそれが

元同僚の仕事を増やすことになるから

直にストレスとなる。

 

仕事のできる元同僚は

そのことが理解できない。

 

「なぜそんなことができないのか?」

 

「結局自分でやったほうが早い」

 

 

そうして彼の仕事は更に増えていく。

 

僕もそうだった。

 

そして、辞めた。

 

そんなことを考えながら

僕は彼の話を聞いていた。

 

いずれにせよ、

僕には彼の話を聞いてあげることしかできないのだった。

 

 

防衛している方もしていない方も

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