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双子パパの脱サラ日記(今はコロナウイルスがらみばかり)〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった38歳。育休取得してパパ業の大切さと”ワンオペ育児”のヤバさに気づく。「このままじゃいかん」と思うものの記者業しながらの副業はこなしきれず、扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。まずはセルフリノベで2軒の大家になり収入を少し確保。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。YouTubeもぜひご覧くださいませ。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

セルフリノベ開始②

 

問題のタンス。

 

どう処理したらいいだろうか。

 

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タンス

こうしたタンスが全部で6つある。

 

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買ってもらえなくていい。

 

持って行ってくれるだけでいい。

 

いろんなリサイクルショップに電話してみた。

 

①マルカ…「和ダンスは引き取りよもしてないんです…」

セカンドストリート…「引き取りは予約でいっぱいで7月になってしまいます…」

③お宝中古市場…「とりあえず査定します」

 

結果。

 

引き取ってくれたものはあったけど、「和ダンス」はNG。

 

「和ダンスは場所を取る割りに売れない」とのこと。

 

残念。

 

でも、頼みに頼み込んだ結果、五月人形やアナログテレビを引き取ってくれたので大感謝。

 

 

他に和ダンスを引き取ってくれそうな業者がないか、聞いてみた。

 

実際僕は、断られるたびに「和ダンスを引き取ってくれる同業者はいないか?」と質問していた。

 

そこで挙がったのが「倉庫生活館」だった。

 

電話では「引き取りますよ」と行ってくれたが、来てもらった結果、結局NGだった。

 

結局「和ダンス」はどこもNGだった。

 

 

「自分で立谷川のゴミ処理施設に持っていくの一番」という人もいるが、運ぶ車も人でもない。

 

仕方ない。

 

分解して捨てよう。

 

タンスの中には、新聞紙が敷かれていた。

 

昭和49年。

 

昭和51年にこの物件が建てられた。

 

新聞はその2年前のものだ。

 

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昭和49年の記事

 

古い家からそのまま越してきたのだろうか。

 

記事の内容がまた、縁を感じるものだった。

 

山形は、長野県に次いで残留孤児が2番目に多い。

 

なので、残留孤児3世を取材していた(2世は中国語で育ち、3世は日本語で育つ。彼らには「お互いの言葉がわからない」ということが起こっていた)。

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残留孤児探しが本格化する前の記事

 

一人、物音1つしない古い物件で、残留孤児の記事を読みふけった。

 

またこうして無駄な時間を過ごした。

 

そうこうしている間にお願いしていたスーパー助っ人が来てくれた。

 

まずは、2階から1階に運ぶ。

 

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 あとは、ハンマーと丸ノコでひたすら分解していく。

 

ひたすら。

 

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どんどんゴミの山が高くなっていく。

 

 

 

 

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再利用できそうな部分は、スーパー助っ人が持って行ってくれた。

 

あとはひたすらゴミ袋に詰めていった。

 

結局、丸1日かかった。

 

60リットルのゴミ袋13個に分けてようやく捨てられた。

 

 

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大量のゴミ


 

セルフリノベの道は、長い。