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双子パパの脱サラ日記(今はコロナウイルスがらみばかり)〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった38歳。育休取得してパパ業の大切さと”ワンオペ育児”のヤバさに気づく。「このままじゃいかん」と思うものの記者業しながらの副業はこなしきれず、扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。まずはセルフリノベで2軒の大家になり収入を少し確保。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。YouTubeもぜひご覧くださいませ。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

初の融資相談①

初めての融資相談に行ってきた。

 

ずっとサラリーマンだった僕にとって、融資相談は1つの大きな壁だった。

 

もちろん、事業をする=借金、というのは、すでに抵抗がなかった。

 

しかし、商工会議所に相談に行った時に、侮辱的な態度を受けた体験は、僕にとって衝撃だった。

 

記者をしていてわからないことがあれば

「不勉強なので教えていただきたいのですが」と一言加えれば、大抵の人は親切に教えてくれた。

 

「お前はそんなことも知らないのか」という横柄な態度を取るのは、山形市役所の職員くらいなものだった。

 

しかし、商工会議所の職員は、それよりひどかった。

 

何も、商工会議所を批判しているわけではない。

 

僕はそれだけ「起業に対し無知だった」ということなのだ。

 

僕はその無知さに対し、謙虚になる必要がある。

 

 

融資を受けるにはまず、業者から見積もりを取る必要があるという。

 

ということで、その見積もりやらに着手した。

 

そしてさっそく、その見積もり作りに難儀した。

 

一番最初に声をかけたお店からは冷たくあしらわれた。

 

一体どこに依頼すればいいのかわからなかった。

 

パソコン作業とお店を往復した。

 

慣れない作業と、全く知らない商品を一から探す。

 

しかも膨大な種類。

 

3日かかっても完成しない。

 

「見積もり依頼すらなかなか完成しない」という事実が僕を余計に疲弊させた。

 

結局、起業の先駆者Dのアドバイス一言で一発解決となった。

 

「『モノタロウ』なら買い物かごから「見積書」ポチって終わりだ」

 

 

 

次はプレゼン資料作成である。

 

去年の起業者セミナーで、あるラーメン屋店主が言った

 

「プレゼン資料が武器」という文言が印象に残っていた。

 

プレゼン資料はとても大事。

 

僕は、「キーノート」にひたすら打ち込んでいった。

 

金融機関に勤める2人に電話をして、ポイントを聞いていた。

 

・まず自分が何者かをきちんと説明する

・なぜ会社を辞めたのか、起業したのかを説明する

・新規の場合、想いは大切

・数字で示す

 

ということだった。

 

 

そしてきょう、Y信金に相談に行った。

 

 

続く