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双子パパの脱サラ日記〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった39歳。扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

前職で働くことは可能なのか?③

5月9日(木)

 

前職からの電話はならいなまま、連休に入った。

 

「2〜3日待ってくれ」というが、もう5日が過ぎていた。

 

僕はもやもやした気分で、10連休を迎えることになった。

 

返事が遅い、ということは、たいてい良い返事ではない。

 

僕はひたすらDIYをして過ごした。

 

ただ、気づくとこれからの食い扶持のことを考えていた。

 

 

連休が明けた。

 

それでも連絡は来なかった。

 

報道局長は、ネガティブな話は放置する癖のある人だった。

 

それでも、僕は3日待った。

 

そして報道局長の携帯に電話した。

 

すぐに出た。

 

「あ〜わりわり遅くなって。ダメだった!!」

 

なんのためらいもない宣告だった。

 

僕は今後の対策のため、経緯を聞いておいた。

 

その結果、社長は「冗談じゃない」という口調だったこと。練習明けにNGの返事が来ていたことがわかった。

 

そして僕は続けた。

 

「局長が知らされていないということで、社長を“出待ち”して再度直接お願いしてもいいですか?」

 

 

夕方、退勤する時間はわかっていた。

 

社長は午後5時半ぴったりに会社を出る。

 

僕は、玄関の外で出待ちした。

 

待っている間、話す文言と順番を反芻する。

 

 

来た!!

 

 

社長は僕を認めると、温和な表情で

「おお!元気にしてるか??」と聞いてきた。

 

意外な歓迎ぶりだった。

 

そして僕は、突然押しかけた非礼を詫び、働きたい旨を伝えた。

 

すると彼は

「お前がこないだ会社に来たのは聞いてるけど、何しにきたかは聞いてない」という。

 

???

 

???

 

どゆこと??

 

 

そこで僕は、改めてフリーで働きたい旨を伝えた。

 

すると彼は

「俺は現場主義だ。現場がいいならいい。そこは人事担当とやってくれ」という。

 

僕は敢えて言質をとることにした。

 

「では、私が働くことを、社長はOKしてくださるんですね」

 

彼は曖昧に頷きながら

「うん。人事と相談してくれ」と言った。

 

OKだ。

 

 

僕は礼を行って、報道局長の元に向かった。

 

「社長に直当たりしたらOKでした」

 

「おおそうか!!じゃあ総務局長にも伝えてきてくれ」

 

総務局長は面白くない顔をした。

 

「直接お願いしたのが良かったのかな…」

 

彼は椅子に座らせ、

いくつか打ち合わせした。

 

彼は「他社との兼ね合い」や「名刺」「働く頻度」など、取るに足らないことをブツブツと気にかけていた。

 

なにかに怯えてるような、

人を見下すような、独特の目つき。

 

僕は

相変わらず陰険な方だなぁ

と思いながら

ブツブツ呟いてるのを眺めていた。

 

こんな人が総務局長する会社。

辞めてホントよかった。

 

そして報道の部屋に戻った。

 

「働けるの??」

「どんな仕事頼めるの?」

 

「もうやれることなら何でも」

 

「いや〜助かる!!」

 

なんて、和気藹々としていたところに、

総務局長から僕にTELがきた。

 

「もう一度総務の部屋にきてくれ」

陰険で、どこか勝ち誇った声だった。

 

部屋に着くと打ち合わせ用の机に案内されたが、今回は椅子は進められなかった。

 

総務部長もいた。

 

「社長に電話で聞いたら、『OK』なんかしていないというんだ」

 

えつ???

 

どゆこと???

 

戸惑っている僕に、総務部長が続けた。

 

「社長独特の言い回しってのがあるから。何て言われたの?」

 

「社長は僕が働くのはOKということでよろしいですか?と聞いたら『うん、俺は現場がいいならいい。あとは人事とやってくれ』とのことでした」

 

「でも電話で確認したら『いいとは言っていない』とおっしゃるんだ」

 

そこに議論の余地はない、

という一方的なニュアンスだった。

 

この人たちと話しても 

埒があかないのは明らかだ。

 

僕は

「もう一度直接お願いにあがってもいいですか?」と聞くと

 

さらに総務部長は

「直当たりなんてルール違反だ。やっちゃいけないよ。逆効果だよ」と怒気を含んだ目で僕を咎めるのだった。

 

自分を飛びこして行動されたのが面白くない、ということだろう。 

 

すんません。僕記者してたんです。この程度の規模の組織なら、直当たりが基本だったんです。

だいたい、あなた達とやり取りしてたとしても

僕にメリットなんかなかったでしょ?

 

この人たちは、同じ会社にいながらも

全く違う論理で生きているのだ。

 

そして、直当たりされる側にも、

相応の器が必要なのだ。

 

彼らは僕が諦めて去るのを待っていた。

 

僕が礼を述べて去ると、彼らも安心して自分たちの席に戻っていった。 

 

席に戻る間に、既に違うことを考えているようだった。

 

職に就いている間は、

きちんと会社に尽くしてきた。

 

貢献してきたという自負もある。

 

辞める際も、

きちんと手続きを踏んで会社を辞めた。

 

僕は僕なりに誠意を持ってやったつもりだ。

 

年度途中だったのだって、理由がある。

 

職業訓練校が始まるからだ。

   

こちらにはこちらの人生がある。

 

いじわるされるいわれはない、

と個人的には思う。

 

でも彼ら(総務陣)は僕をないがしろにしてくれた。

 

僕は、報道フロアに戻って、結果を伝えた。

 

局長は

「会社の名前作って発注すれば問題ないべ。お前だってわかんなきゃいんだもの」という。

 

言うことは威勢がいい。

 

「でも僕は出禁扱いってことなんじゃないですか?結果的に局長にご迷惑をおかけするのではないですか?」と聞いてみた。

 

すると彼は、一瞬止まってしまう。

 

「ちょっと聞いみる」と、

報道局長は総務局長に内線を入れた。

 

電話を切った後局長は

「ダメだ…」と言った。

 

もはや可能性はゼロだ、

ということらしかった。

 

結局、社長がNGを出したのではなく

陰険な総務局長がNGを出したのだ。とあとから聞かされた。

 

陰険な総務局長は、

社長に土下座してまで取締役の座を手に入れた。

そんな彼にとって、自分にひれ伏さない僕は、

彼にとって疎ましい存在なのだった。

 

ところで

報道局長さん、

さっきの威勢はどこいった?

 

ま、いつものことだ。

 

だから僕はこの会社の社員であることをやめたのだ。

 

これで僕は、Yテレビとは完全に縁が切れた。

 

 

僕はショックだった。

 

会社の方針や上層部は大嫌いだったが、

現場の仲間は好きだった。

 

会社組織から離れた立場で、

みんなと一緒に働きたかった。

 

でももう、それは叶わない。

 

誰かと一杯飲みたい気分だった。

 

報道の同僚を誘おうと電話をした。

 

きょうぐらい、急に誘ってもいいような気がした。

 

でも。

 

すぐに断られた。

 

彼は申し訳なさそうに、最後「これからも電話には出るから」と付け加えた。

 

善意で言ってくれているのはわかるのだけど、

「縁が切れた」ことを象徴する一言だった。

 

 

前職のテレビ局でフリーとして働けないというのは、想定外だった。

 

いろんな計画がガラッと変わる。

 

考え直さなくてはならないことが山ほどあった。

 

でも、ショックで僕は何も考えられなくなっていた。

 

家に帰ると子どもが抱きついてきた。

 

全くかわいいとは思えなかった。

 

負担でしかなかった。

 

僕は部屋にこもった。

 

子ども達も付いてきたが、僕が全く相手をしないでいると、いつの間にか去っていった。

 

電話をすることにした。

 

「僕に仕事を頼みたい」と言ってくれていた人にきょうの一部始終を報告することにした。

 

とりあえず

「仕事は受けれないことになった」ことは伝えておかなきゃ。

 

残念がってくれた。

 

会社の愚痴を言い合った。

もう僕には関係ないけど。

 

さっさと潰れてしまえ、あんな会社。

 

僕は外をぶらつくことにした。

 

コンビニで買ったビールを飲みながら、

他にも数人伝えるべき人に伝えた。

 

僕を待ってくれている人は何人もいた。

 

でも、彼らはみんな

陰険な総務局長にひれ伏さないタイプの人ばかりで、

そのために社内では被主流だった。

仕事はできても、

カバン持ちを拒否したら終わりだった。

 

何やりカバンを持ちたくなる人なんて、

一人もいやしなかった。

 

僕の友人は

「辞める前に渡りをつけないからだよ。辞め方が悪かったんでしょ」とたしなめた。

 

そうなのかなぁ。

 

ちゃんと辞めたつもりだったんだけどなぁ。

 

でももう、どうすることもできない。

 

僕が間違っていたのか、Yテレビという会社がおかしいのか、僕にはよくわからない。

 

でもも考えるはよそう。

 

無駄だ。

 

僕の人生は今、激流であり濁流だ。

 

溺れたら浮かんでこれない。

 

さあ、次だ。