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双子パパの脱サラ日記(今はコロナウイルスがらみばかり)〜子供との時間を大切にして生きる実証実験〜

テレビ一筋だった38歳。育休取得してパパ業の大切さと”ワンオペ育児”のヤバさに気づく。「このままじゃいかん」と思うものの記者業しながらの副業はこなしきれず、扶養や住宅ローンを抱える中とりあえず脱サラ。まずはセルフリノベで2軒の大家になり収入を少し確保。このブログでは、赤字生活で始まる無鉄砲な脱サラから事業成功までの過程を包み隠さずリアルタイムでお伝えします。YouTubeもぜひご覧くださいませ。当面の着地点は「好きな時に好きな場所に旅。家族みんなで。時に一人で」。

商工会議所に相談に行ったらズタボロにされて死にそうになった

4月11日(木)

 

きょうは、職業訓練校をもうすぐ修了する僕にとって、最後の平日休みだ。

 

午前はハローワークに呼び出しを受けているが、午後はフリーだった。

 

現金で中古物件を買ってリノベーションしたいと思っていたが、

 

師匠から

「現金はいざのときのためとっておいた方がいい。今、銀行は貸したがっている。2年返さなくてもいい融資制度などもある。今一度考え直して、商工会議所なんかに相談した方がいい」

 

と、アドバイスを受けたのだった。

 

 

去年6月、在職中に商工会議所主催の「起業者セミナー」に参加したことがあった。

 

本当に意義深いセミナーだった。

 

学んだことの一つが

 

「とにかく商工会議所に相談しよう!!」ということ。

 

講師として招かれたラーメン屋のオーナーは

「情報は命。その情報は商工会議所に集まっている」と言った。

 

主催者の商工会議所を敢えて持ち上げる照れくささの中にも、本音が含まれている。

そんな印象を受けた。

 

経営コンサルタントの講師は

 

・やりたいことを書き出す

・それを数字に直す

・数字に直すのが苦手な人は多いが、そこは無料で相談時応じる商工会議所か信用保証協会に相談を

 

と、勧めた。

 

いずれせよ「商工会議所に相談」なのだ。

 

商工会議所は、会員企業の会員費で成り立っている(?)。

 

だから、サービスは会員企業に対するもののようだが、起業者には無料で相談に応じるということだった。

 

それ以来

「早くやりたいことを数字化して、商工会議所に相談行かなきゃ」と思っていたが、ズルズルとここまで来ていた。

 

そこに師匠から

「まずは商工会議所に飛び込め」とのアドバイスを受け、いよいよ相談に行く気になったのだった。

 

 

といっても、手ぶらで行くわけにはいかない。

 

僕は

日本政策金融公庫」の「創業計画書」を準備した。

 

ただ、「創業計画書」の、肝心要のお金の記載部分がわからなかった。

 

なぜわからいないのか?

 

 

 

細かい部分を詰め切れていないからだ。

 

実際いくら必要になるのかをはじきだそう。

 

9日(火)学校が終わった後、「ナンバーズ」を開いた。

 

「エクセル」との違いに戸惑いながらも、数字を積み重ねていく

(機能はほとんど同じだが、エクセルの方がショートカットが多い分使いやすい。見てくれの整えやすさはナンバーズが上だと感じる)。

 

・購入予定物件のリノベーション費など、初期費用の見積り書

・家計の収益表

損益分岐点の計算書 …

 

完成した時、ふと時計を見ると、夜中の2時を回っていた。

 

こうした遅い時間に作業をするのは、久しぶりだった。

 

編集で遅くなるよりずっと意義深い。

 

こんなときも「辞めてよかった」と改めて思う。

 

 

そしてきょう、事前にアポをとっていた午後3時に商工会議所に面会に向かった。

 

担当はKさんだった。

 

去年のセミナーで、彼とは名刺交換していた。

 

正直、印象は良くなかった。

 

僕が「山形テレビ」の名刺を渡すと

 

「ありゃ!!」と言った。

 

「条件のいいところなのに辞めちゃうなんてもったいない」という意味らしかった。

 

そして

「絶対周りに言っちゃダメだよ!!」と言った。

 

正直僕は、その馴れ馴れしさに「失礼な人」という印象を持った。

 

その不快感に気付かないことにした。

 

ただ、イザ相談するとなると

「できたら違う人に相談したい」と思っている自分を認めざるを得なかった。

 

むしろこれが、なかなか相談に行けなかった原因である気さえした。

 

そこで僕はワンクッション入れることにした。

 

アポを取る前に、経営コンサルタントの講師に電話して

「リノベーションし賃貸する会社を企業したいのだが、どの方に相談するのが一番ふさわしいか教えて欲しい」

 

と教えを請うと

 

彼は

「相談員を選ぶことはできないのだ」と答えた。

 

突然の電話にも関わらず、他にもいろいろと丁寧に教えてくれた。

 

ただ、学生を相手にしたシェアハウス事業については

「学生は流行を追う。それだけに長期に続けるのは難しい」

「不動産はこれまではよかったが、これからは厳しい」

 

と、僕の方向性に難色を示した。

 

僕は丁寧に礼を言って電話を切った。

 

 

そして、商工会議所に電話してアポを取った。

 

果たして、きょう面会を担当してくれたのは、以前名刺交換したKさんだった。

 

いい。気にしない。

 

相手がどうかじゃない。

 

自分がどうかだ。

 

 

まず

「相談記入シート」なるものに、個人情報を書き込むよう、求められた。

 

更に

「家族構成」の確認があり

 

「どんな事業を考えているのか?」と聞かれた。

 

僕は予め用意していた「日本政策金融公庫」の「創業計画書」を渡す。

 

彼は

「それなら話は早い」と呟くと、ざっと目を通した。

 

まず彼が注目しのが

 

「自己資金350万円・融資希望額2000万円」という部分だった。

 

この数字が良くなかった。

 

彼にとって僕は

「何もわかっていない無謀者」に映ったかも知れなかった。

 

そして言った。

 

「これでは融資は難しいと思います」

 

その根拠は、

「中古物件を購入するというのは『資産の購入』に当たる。公庫は『資産』に対し融資しない」。

 

彼は特に「2000万円」という数字にこだわった。

 

2000という数字の根拠を質問された。

 

あり得ない数字を記入していることに、怒っているようでもあった。

 

 

徐々に彼が、自分で話しているうちにヒートアップしてくるのが波動で伝わって来るので、僕はたまらず

 

「すみません。この2000という数字は消してください。この部分の算出方法が全然わからなかったのでご相談したかったのです」

 

と、恥ずかしい気持ちを滲み出しながら、相手の書類を奪い取り

「2000」の上に2本の斜線を引いた。

 

それで彼は、僕という「不明朗な存在」を少し理解できたらしく、落ち着きを取り戻したようだった。

 

そして、違う用紙を持ってきた。

 

それは、「日本政策金融公庫」の2枚目の用紙で、損益計算書だった。

 

僕がお手上げとなった書類だった。

 

彼は僕が購入しようとしている物件の価格や場所など、詳細について質問した。

 

僕は予め準備した、物件購入にあたり必要となる「初期費用を記した書類」を手渡した。

 

 

彼はやはり、ざっと目を通した後

「他にも〇〇が必要になりますよね?」と指摘した。

 

プロの相談員らしい、的確な指摘だった。

 

「あっ、そうですね」

 

すると彼は

「他にも✖️✖️も必要ですよね」とアドバイスを続けた教えてたか

 

「なるほど、そうですね」と、僕はメモしていく。

 

だんだん彼の声のトーンが変わっていくのがわかった。

 

どこか、サディスティックな空気が漂う。

 

「他にも水道が通っているのかと電気が通っているのか確認も必要ですよね…」

 

僕はなんだか違和感を覚えた。

 

そして彼のイラついた波動の波に乗って、苦笑いで答えた。

 

「水道も通っていない物件を買って貸そうと思いませんよね?」

 

僕の声には、侮辱されたことへの不快感がふんだんに組み込まれていたに違いない。

 

そこで彼はまた軌道を修正したのがわかった。

 

 

彼は気を取り直して、聞いてきた。

 

「家賃収入だけで食べていけませんよね?」

 

 

僕は更に2年分の収支計画書を渡した。

 

彼は、「ほう」と呟く。

 

そして

「資料が作れるなら大丈夫」と、安心したように言った。

 

しかし、その資料は融資を受ける前提で作った計画書。

 

やはり話は

「これでは融資は受けられない」に戻った。

 

僕は、他に目論んでいるアパート改修事業を説明した。

 

彼は

「アパートから先にやったほうがいんじゃないですか?」と聞く。

 

まっとうな意見だった。

 

それでも僕は、中古一戸建てから始める理由を説明した。

 

彼は一応は納得したようだが

「とにかく、これに融資はしてくれないと思いますよ」と、やはり話をリセットした。

 

「融資してくれたとして、リノベーション費の部分だけですね。してくれたとして」

 

そして

「それでも一応、金融公庫に行ってみますか?」と聞いた。

 

あなたがそれで満足するなら、とでも言いたげだった。

 

僕は

「Kさんには失礼なようですが、ここでどんなご指摘を受けても大丈夫ですが、金融機関の方に『こいつ何言ってんだ』って第一印象で思われたら、計画を出し直した後にも融資判断への影響が出ると恐れもあると思うので、きょうはやめておきます」

 

と答えた。

 

彼は「なんだ分かってんじゃん」という表情で

 

「それはあるかもしれませんね」と答えた。

 

彼に悪気はない。

 

実際、思い込みで起業して失敗する人をたくさん見てきたのだろう。

 

そして「失敗する人を見る」という行為は、彼自身にダメージを与えてきたのかも知れない。

 

 

「来月からどうやって生活していくんですか?」

 

「最悪、フリーのテレビディテクターで食べていきます」

 

「そしたら、リノベーションは副業になりますよね??」…

 

 

 

「さて、どこを直しましょうかね」と、

 

「彼自身お手上げ」という感じで言った。

 

「とにかく金融公庫は『事業』に対して融資しますが『資産』に対しての融資はしないんです」

 

「リノベーションにかかる初期費用が唯一可能性ありますが、これも業者からの見積り書がないと融資受けられませんよ。

壁紙やなんかはちょこちょこご自分で買うつもりですか?

それなら融資は無理ですね」

 

話せば話すほど、八方塞がりなのがわかるだけだった。

 

僕ももう、早くこの場を去りたかった。

 

ただ、彼も相談員として、このまま帰すわけにはいかないと思ってくれたのだろう。

 

彼はプロとして、相談者が失敗する前に、伝えるべきことを伝えてるだけなのだ。

 

ときに感情が滲み出るほど親身になって。

ハローワークとは違うのだ。

 

 

「金融機関にお知り合いはいますか?」という。

 

「そうした方に一度アドバイスを受けてみた方がいいかも知れませんね」。

 

 

会議所を去る時の挨拶で、彼は深々と頭を下げた。

 

家族と住宅ローンを抱えながらもうすぐ無収入になろうとしていた元テレビ屋が持ってきた相談は、融資の受けようのないものだった。

 

それは、華やかな経歴と洗練された態度、周到に準備された計画書とは大きなギャップがあるものだった。

 

 

そのギャップに対する戸惑いが、90度を超えるお辞儀と関係していると考えるのは、自意識過剰だろうか。

 

 

僕はこれまで

「何とかなるだろう」とタカを括っていた。

 

それは

「融資さえ受ければ何とかなる」という前提の元だったし

 

「融資は受けられる」という前提があってのことだった。

 

 

きょうの相談で、その大前提は根底から覆された。

 

きょうも家に帰れば、双子が笑顔で僕を迎えてくれるだろう。

 

僕が帰宅することで、小さな体を目一杯使ってその喜びを表現するだろう。

 

そして抱きついてくるだろう。

 

 

でも、数ヶ月後、彼女に食べさせるお金は無くなってるかも知れない。

 

住む家はここじゃなくなってるかもしれない。

 

 

恐ろしいことだ。

 

 

僕は、どうしたらよいかわからなくなり、うつろに街を歩いた。

 

泥の中を這い回っているような気分だった。

 

実際、歩くスピードは、泥を這い回るようなものだった。

 

 

起業した友人に電話して報告しようかとも思った。

 

でも、この意気消沈した状態で電話するのはためらわれた。

 

車に乗り込んだ僕は、バックミラーに映った自分を見てみた。

 

青白かった。

 

死人のような色をしていた。

 

でも、と思った。

 

目つきは死んでなかった

 

客観的に見れば、今の僕の状況は、ヤバイ。

 

かなりヤバイ。

 

融資は受けられない。

 

でも一方で、こんな状況を楽しんでいる自分がいる。

 

いつか

「相談行ったら融資無理だって言われてマジ焦ったべ〜」って笑っている日が絶対に来る、と確信している自分がいる。

 

むしろ「ヤバイ状況になった方が、後々面白いだろう」と思っている自分がいる。

 

これは強がりか?

 

そうかもしれない。

 

でも、まだ強がれる自分がいる。

 

それもまた、客観的な事実だ。

 

とりあえず今日は何も考えられない。

 

お風呂に入ってゆっくり眠ろう。

 

きっと何とかなる。

 

何とかするしかない。

 

でも、俺にはそれができる。 

 

ヤバイ状況なのは間違いない。

 

でも俺は何とかする。

 

それはもっと間違いない。