3月29日(金)
学校が休みなのに合わせ、初めて物件の内覧に行ってみた。
宅建の資格を持ち、実際に不動産投資を始めている友人Nも付き添ってくれるという。
なんと心強い。
「他にも相談したい事がいろいろある」とあらかじめ伝えると、
「じゃあ内覧の1時間前に集合しよう」と気軽に応じてくれた。
Nは、待ち合わせ場所に時間通りに到着すると、僕を彼の車の助手席に招き入れた。
熱々のコーヒーを用意してくれていた。
豪放磊落なように見えて、こうした細やかな心遣いもできるところが彼のすごいところだ。
「友人とビジネスの話をする」のにちょっと緊張していたが、このコーヒーでリラックスした気持ちになれた。
ただ、何から相談したらいいかわからないぐらいたくさん相談したいことがあった。
まずは、これから見に行く「大学近くの物件」についての資料を見せた。
相当古いが、リノベーションでシェアハウスにするにはもってこいだ。
まずは彼から、資金について質問を受けた。
僕は、
「頭金100万円にして残りはローンにする。それで物件を数件買う」と
これまで何となくイメージしていたことを説明した。
実際、数字を突き詰めて考えていなかったが、数件買わないと、実際問題食べていけないことだけはわかっていた。
N「どれくらいで返済していくつもり?」
僕「5年で返済できるように逆計算でリノベーション費を計算できればと思ってる」
N「いいね。この物件なら…」
彼はすぐさま、ちょっと特殊な電卓を取り出し、
ローンの額、金利、返済期限、家賃収入について、スラスラと淀みなく数字をあげて、電卓に打ち込んでいった。
N「『5年返済』の場合、『家賃収入ー返済』でこの金額」
画面には、2万いくらという数字が並んでいた。
そして彼はまた、スラスラと数字を並べ、淀みなく電卓に打ち込んでいった。
「『7年返済』なら『家賃収入ー返済』でこの金額」
画面には、4万いくらという数字が並んでいた。
「『7年返済』だと返す金額は多くなるけど、実際の生活考えたら、こっちのほうがいい」
すごい…
その淀みのない説明、安定感のある話し方、落ち着きの中にある楽しげな声色。
すごいぞ。
更に彼は続けた。
「でもローン引いちゃうと、借り主がいようがいまいが、つまり家賃収入あろうがなかろうが、必ず毎月引かれていくからね。家のローンだってあるんだろう?」
むむむ…
確かに…
俺のプレゼン能力を以ってすればローンは組めだろうし(?)、ローンさえ組めればなんとかなるだろう、とタカをくくっていたが、確かにそうだ。
収入がないのに返済が増えるのは、恐ろしすぎる。
そんな当たり前のこともわからずに会社を辞めていた自分が、ちょっと恥ずかしい…
そういや、起業の先駆者、Dは最初それが発生してだいぶまいっていたっけな…
このアドバイスを受け、僕は「完全自己資金作戦」でいくことにした。
自己資金で中古物件を買う。
自己資金でリノベーションする。
自己資金で広告する。
自己資金のみで家賃収入を得るまでもっていく。
Nも「自己資金でいけるならそれが一番。一つの物件でも走らせる事ができれば、金融機関の対応も全然違ってくる。借りやすくなる」
方向性が見えてところで、僕が興味を持っている物件を数件彼に見せた。
彼は一つ一つの評価を僕に教えてくれた。
彼の経験を混じえた説明は、とてもためになるものだった。
理路整然とした流れるような説明には、無駄なものが一切ないように感じられた。
結論 。
とりあえず、自己資金でリノベーションまでやれる物件に出会えるまで探しまくる。
さてさて、きょうの物件は、どうなんだろう?
時間になり、待ち合わせ場所に行くと、不動産会社の担当者さんが待っていた。
感じのいい若い女性だった。
前いた会社の近くに事務所があるらしいが、僕は全く知らない会社だった。
それだけ全く違うところを見て生活していたのだろう。
物件は、430万円だった。
車が入れない狭い通り。
築60年以上。
以前住んでいた高齢者の荷物はそのままだった。
柱などはしっかりしていて、部屋を小分けにしたり、壁を塗りなおしたりするのは、僕でもすぐにやれる、と思った。
2階を見ている時、不動産屋さんが
「どうですか?」と聞いてきた。
僕は「大変興味深い」と答えると、
不動産屋さんのテンションがワンランクアップしたのがわかった。
Nは「この柱はそのままにして塗りなおせばいい雰囲気になる」と言う。
そして「今いい雰囲気って言った瞬間、すごいうれしそうでしたね」と不動産屋さんに冗談めかして言うと、不動産屋さんは、笑顔を見せた。
それは、1人の女性としての巣の笑顔だった。
空き家のままとなっていた部屋は、空気が重く沈んでいたが、この一言で一気に生活感のある空間に変化した気がした。
そんな冗談を交えながらもNは、一つ一つ注意深く眺め、
「上下水道は?」
「ガスは?」
「以前の持ち主ははどちらで亡くなった?」
「現在の持ち主はどちらに?」
などと、少しずつ聞いていく。
Nの質問の順番や態度から、不動屋さんと僕らとの間に信頼関係のようなものが築かれていくのがわかる。
僕は「もう一度1階を見たい」と思った。
床が柔らかかった。
僕はNに「なんで床がこんな柔らかいの?腐ってるの?」と聞くと
「そもそも合板入ってないんだ」と答えた。
なるほど。古い物件は、造りそのものが今と違うということか。
不動屋さんに
「これ、シロアリにやられたりしますかね?」と聞くと
「おそらく…」と答えた。
床を支える「床束」を取り替え、合板を敷き、筋交いを入れ、躯体の歪みを訂正し…
結構な大工事だな…
外に出る時Nは
「一人でこういう家に来るの怖くないですか?」と不動産屋さんに質問した。
すると不動屋さんは
「慣れました。でも本当に怖い物件は、家財業者さん呼んで一緒に入ります」と笑顔で答えた。
僕らは笑った。
またしても一人の女性の笑顔だった。
「1週間くらいをメドにお返事いただければ」
「わかりました」と返事して、物件をあとにした。
僕ら2人は車に戻りながら、作戦会議を再開した。
Nはもともと「普通に業者に発注すれば、軽く500万円はいく」と見積もっていた。
実際見てみて、床部分と水回りを外注して100万円。他は自分でやるとして材料費で100万円。
経費や雑費で更に50万円は見ておいたほうがいいか。
最大DIYするとして、計250万円。
いつかは再び売ることを考えれば…
150万円で買わなければ、ちょっときついかな、という結論に至った。
Nは
「リノベーション費はけっこうかかる。あの荷物を運び出すだけで100万円はかかる。だから荷物の運び出しは自分でやるから、『100万円にしてくれ』というやり方でいこう」と提案した。
そして
「今日中に返事をした方が本気度が伝わる。きょう返事すべき」とアドバイスした。
断固たるアドバイスだった。
僕はもう1軒見に行った後(そこはあまりよくなかった)、夕方、不動産屋さんに電話した。
案内してくれた女性が出た。
僕はNのアドバイス通りいくことにした。
「いろいろ考えたのですが…条件が合えば購入したいという結論になりました」
「そうですか!!」女性の声が一気に上がる。
「ただ、リノベーション費がだいぶかかるので、なんとか100万円でお譲りいただけないかと思っています。ただ、ご提示されている価格とだいぶ差があるので、荷物はこちらで片付けます」
「わかりました。相談してみます。あすにはご連絡できると思います。」
彼女の声には、驚きや落胆の色はなかった。
淡々とした物言いには、経験に裏打ちされた落ち着きのようなものがあった。
「ただ、指し値と価格にだいぶ開きがあるので、またご相談させていただくかも知れません」
「わかりました」
僕はさっそくNに報告した。
彼は、とりあえずこうして実際に行動したことをほめてくれた。
実は僕には、自由にやらせてもらえるアパートが、既に1棟ある。
ゴールデンウイークから本格的にリノベーションを始めるわけだが、その物件だけでは家族を食わせていけないため、とりえあず、他にも適した物件を確保しておきたかった。確保して、寝かせておく。
要は、やるべきことを先にやってしまって、安心したいのだ。
「物件を探して確保する」という作業を、リノベーションに取り掛かる前に済ませておきたいのだ。
さてさて、どんな返事がくることやら。
後日談
やはり、指し値が通ることはなかった。
ただ、不動産屋さんは最後まで誠意をもって対応してくれた。
この物件は7月末段階で、290万円まで下がっている。
もう少し安くなるのを待っているが、近いうちに売れるだろう。